独り言 その9/未成年だから、更生第一なのか?

常日頃思っているのは、殺人事件を起こした被疑者が、裁判上では、ほぼ半数が死刑にならず、最悪でも無期懲役、下手すれば10数年程度しか食らわないという理不尽な結末が用意されていることである。

→そう思って調べてみると、殺害した人数にも寄るところが大きく、初犯で一人・情状酌量や相手の落ち度などが認められたならば、10年以下の有期刑もごくまれに存在する。ただ、ふつうは20年超、ここ最近は最低でも無期懲役が増えているように思う

「目には目を」でおなじみのハムラビ法典では、同じ身分のものどおしであれば、無限な報復を禁じて同害報復までに限度を設定することを趣旨としていた。その意味で言えば、人を殺害しているのに加害者が死を持って償わない現状の刑法は、明らかに加害者側によりそった法解釈をしている。
その最たるものが「少年法」である。更生に期待をかけることを前提にして、実名報道はご法度とされ(死亡していても、また、犯行当時が未成年であれば、成人して捕まってもこの原則は生かされている/ただし、その後成人して逮捕された場合、未成年時の行状が明るみに出てくる場合もある)、死刑相当の罪状でも死刑に処せられることはほぼないといっていい。とはいえ、光市母子殺人事件の被告は当時18歳だったが、最終審では死刑。少年法の枠組みを超えた量刑も実は存在するのである。

さて、上村君の事件。彼が殺されなければならなかった理由はどこにもない。しかも、事前に殴る蹴るの暴行を加え、別の友人から抗議を受けたことを逆恨みして殺してしまうなど、どこにも加害者をかばう/情状を鑑みることができないというのも腹立たしさを募らせる一因である。
そう。こんな奴でも下手すれば死刑にはならないのである。家庭環境がどうとか、精神的に何だとか…。とにかく、殺した側の論理が弁護人によって繰り広げられる。いつも思うのだが、殺された側の無念さや恐怖など、ほとんど論じられないのが通例である。

私は、少年法はもはや不要だと考えている。もちろん、軽微な犯罪(万引きとか)にまで拡大するべきではないが、結果が重大なものについては、いくつであれ、厳罰をもって対処すべきではないか、また、それこそが、犯罪の抑止につながると考えている。今までは、未成年ならやりたい放題、今回の引き金になった傷害についても、せいぜいお灸が据えられる程度。ここまでの結果を作り出した被疑者少年のその後を止められなかった周囲の無力さも浮き彫りになるところだろう。
それでも「コウセイガー、カテイカンキョウガー」と言わないといけない弁護士の方々。因果な商売である。

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