いまさらながら「しょうがない」発言を考えてみる

 久間サンの言われた「しょうがない」発言は、結局自分の首を絞めることになり、また、日本の閣僚の、原爆に対する考え方というものがこの程度しかないということを内外に示すことになってしまった。
 ということで、表向きは一部閣僚のとんちんかん発言で終わっている。しかし、久間氏自身は「長崎」の出身なのである。この彼が、原爆に関して、「落とされたのはしょうがない」というような、後ろ向きの発言をするだろうか?彼はこのように述べている。
 
 「あれで戦争が終わったのだという頭の整理で、しょうがないと思っている。アメリカを恨む気はないが、勝ち戦とわかっていて原爆を使う必要があったかという思いは今でもある」

 原爆を容認したり、「日本が悪いことしたから落とされたのは当然」というような言い回しでは決して無い。それどころか、アメリカを批判もしている。この言い回しを理解できていない、一部マスコミが、「しょうがない=仕方ない/日本のせい」というような解釈をしてしまい、そしてそれが一人歩きしてしまったのが今回の騒動の発端である。
  
 あたかも62回目の夏を迎えた広島。もう「悲劇は繰り返さない」のだろうか?
 

"いまさらながら「しょうがない」発言を考えてみる" へのコメントを書く

お名前
メールアドレス
ホームページアドレス
コメント