独り言 その3/カタカナにすればかっこいいとか、そういう思想が気持ち悪い

あちこちの伝言板でも、スレッドがたっていると思われるのだが、またしてもNHKがやらかしやがったようだ。
おなじみCoffeeさんのブログより。

「クローズアップ現代」は、たまに当方もみるのだが、フランスでの"あの"事案が発生した直後に、「取り扱い注意」といってもいい題材をあ・え・て取り上げること自体に恣意的なものを感じる。

さて、私自身のスタンスはこうである。
   ・「ヘイトスピーチ」なる造語が、差別を助長するとは思っていない
   ・一部右翼系の団体による行動が、ヘイトスピーチに当たるのなら、そのカウンター行動も取り上げるべき
   
   ・他国民による日本人に対する「ヘイトスピーチ」や「ヘイトクライム」を取り上げないのはおかしい

Coffeeさんがすべてを言い表してくれているので(リンク先のブログ参照)、私からは基本、何も言うことがない。
ただ、この「ヘイトスピーチ」なる言葉、本当に昨日今日に出来上がった言葉なのである。それも、某国民の横暴ぶりや特権といわれるものがあまりに目についていること、それでなくても、日本を日本と思わない暴挙を、一国の大統領がやってのけてしまえることに対する抗議の声がこういう言葉として拡大解釈されてしまっているのが現状である。

そもそも「ヘイト」とは、英語のHateから来ていて、憎悪、という意味だ。ここに差別的要素は入っていない。今英和辞典で調べても対訳としての「差別」は存在しない。嫌いになったものに対するスピーチなだけなのに、それを言うと差別発言だ、とされてしまう。これもおかしなものである。反安倍・反原発スピーチも、日本の政権・原子力発電に対するヘイトスピーチなのに、こういう言い方はされない。な・ぜ・か、某国民/日本に長年住んでいる、「強制連行されたとする人々の子孫」のことを言うとヘイトにつながるらしい。

「いやなものに対するスピーチ」はすべてこの言葉--ヘイトスピーチ--で言い表されてしまうのだ。あー、恐ろしい。カタカナにして、まるで外来語的な雰囲気を漂わせて、それを隠れ蓑に自分の主張を混ぜ込んで報道する…。そりゃぁ、某国のための報道機関と呼ばれてしまうのも無理はない。

放送法には「報道は事実をまげないでする事」「意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにする事 」といった基本的な報道姿勢に対する規定がなされているが、このことをもってしても、間違った報道/偏向していることは明白である。ヘイトスピーチされる側に、それなりの理由があるから、という視点で取材・報道しようとする姿勢は全くない。
言われっぱなしでかわいそうな某国籍の人たち、という観点と、「言う方が悪者」というレッテル張りをすることでかの国を持ち上げようとしていることが、放送局の利益につながるのか、と勘繰ってしまう。


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この記事へのコメント

coffee
2015年01月16日 00:31
在日特権は絶対にあって、しかも在日は暴力によって特権を獲得しています。

1950年11月27日、長田区役所襲撃事件
1951年、下里村役場集団恐喝事件
1952年、万来町事件
全国各地で、在日朝鮮人どもが生活保護を要求し、集団で役所を襲撃!

1967年(昭和42年)、東京在住の総連商工人、具次龍氏の脱税容疑で、国税当局は氏の取引先である朝銀の前身、同和信用組合に資料の提出をもとめた。
同和信組はこれを拒否した。国税局は強制捜査をおこなうことにした。ところが同和信組はシャッターをおろし捜査を実力で阻止した。国税局は機動隊をともなって、バーナーでシャッターを焼き切り、強制捜査を実施した。
これを契機に総連は、全国の総連系在日朝鮮人多住地域の税務署に「抗議行動」をかけた。各地の税務署で業務妨害が発生した。このとき日本政府は、国家公務員たる税務署員にたいする公務執行妨害でこれを取り締まろうとしなかった。
国税局と具次龍氏との脱税に関する和解は1976年(昭和51年)に成立した。その後、国税庁と朝鮮商工会との税金に関する「合意」なるものが交わされた。
この具次龍氏の事件以来、総連は気に入らないことが起きると行政官庁やマスメディアなどに「抗議」という名の「暴力」を公然とふるうようになった。私

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