とある団体のアピール文。

途中でへんてこりんな段変えがあり、こうではないかと思いながら読ませてもらった。
→全文は、こちら
すんなり一読すると「ああ、なるほどね」と思えるのだが、2度目/3度目と読むと、論理的に破綻している部分が多く見受けられる。
○ルールを破る教師を辞めさせることがおかしい、といっている。
○橋下知事は「国旗国歌問題ではない」といっているのにもかかわらず、この団体は、そうだと思い込んでいる。
○条例制定が「歴史的暴挙」と言い放っている。

ぶっちゃけこのアピール文、突っ込みどころ満載なのだが、中でも、この部分・・・『教職員への起立強制は、子どもたちが社会には多様な価値観が存在することを知り、自己の人格を自由に形成するのを阻害するものです』(抜粋/下線は筆者挿入)という言い分は、どういう見識があって述べておられるのか、理解に苦しむ。これを言葉を変えて言うと、教師が起立させられると子供たちに悪影響が及ぶといっているのである。とんでもない飛躍ともいえるが、そんな教師に教えを請わないといけない子供たちのほうが不幸である。

だいたい、起立を強制されるのがいや/もしくは不服であるならば、そういう場面に出席しないという方法もある。臨席までをも強制したというのなら問題だが、逃げ道もないわけではない。それをことさらに強制されるばかりを言うのは「自分たちが被害者」であるかのような印象を与えかねず、やりたくないこと=国家帰属意識ゼロですということを覆い隠すためにつかわれているように思える。

もちろん、言わんとしていることもわからないではない。しかしながら、人生の先輩であり、「師」と仰がれる身分にある、公務員である公立学校の教師が、国の機軸となるものに敬意を表さない(座っていても敬意はある、という言い分は通らない/起立・礼をしない子供は見逃さないはずであり、そのことを指導することが出来るのは国旗国歌に対して敬う気持ちを持った教師しかできないはずである)場面は異常である。そもそもそういう思想の持ち主が、教師になること自体に無理がある。一般常識などに照らし合わせるまでもなく、「不適格者」とされるのは当然である。

賛同者をつらつら見てみた。幸い、当方の出身大学から賛同者はおらず、ほっとした。それにしても、大学の教授が目に付くのはどういうことだろうか?
義務教育の、何でも吸収してしまう時期の子供たちに間違った教育姿勢というものを見せても「かまわない」という最高学府の教授がこんなにも多いということに驚いている。「強制」と言う部分に飛びついた人も多いだろうが、彼らの言い分をよくよく精査すると、「したくないことはしたくない」というわがままなのだ。それを通したいのだ。それが判らず、文字面だけを追って、賛同してしまった彼らも国旗国家を敬わない「日本人もどき」といっても差し支えない。

日の丸や君が代に敬意を表すると「右翼だ」とか言われると聞いた。面白い意見だ。しかし、諸外国では、教育の場面で、国歌国旗に対する忠誠を「誓わせる」という「強制」すらある。またそれがあっても異常とは思えない。
彼らの言い分を読めば読むほど、「橋下知事がこの条例を苦渋の思いで提出したのだな」ということがわかってしまい、暗澹たる気持ちにさせられる。

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